人生における些細な岐路

人生のターニングポイントを挙げると
するならば、僕は小学5年生の学芸会だ。

4年生までの僕は非常にひっこみ事案な子供で
いつもなにかしら小さな不安を抱えて生きていた。

宿題をちゃんと忘れずに持っていけるだろうか
明日の授業はつつがなく終わるだろうか
スイミングスクールの級はいつ上がるだろうか

1つ目の不安が消えると2つ目の不安が
持ち上がり、2つ目が消えると3つ目が
どこからかすっと心に沸き上がる。

そんな子供だった。

5年生のクラス替えで付き合う友人がすこし変わった。
どんな理由だったのかはわからない。
たぶん漫画の趣味が合うとかゲームの趣味が合うとか、
そんな些細な理由だったのだと思う。

僕は不思議とスクールカースト上位の
グループの末席に座っていた。

クラスのボスのような存在の男、
「西くん」に気に入られたからだ。

西くんは頭が良く運動ができてちょっと乱暴、
見事なまでにステレオタイプな小学生のボス
って感じだった。

そんな西くんや周りの友達と交流していくことで、
すこしずつ僕の性格も変化していった。

本をよく読むようになり、音楽を聴くようになり、
自分のコアのようなものをちょっとずつ
ちょっとずつ育んでいった。

そして季節は秋になり、学芸会のシーズンを
迎えることとなった。

今までの僕と言えば大道具係とか
エキストラCみたいな役にすすっと入って
つつがなく事を終わらせていた。

今回もそうなるかな…なんて思っていたところで

「主役一緒にやるっしょ?」

西くんは当然のように僕に投げかけた。

5年1組のイエスマンだった僕は、
なんとも複雑な胸中を悟られないように
何食わぬ顔で「うん、やろう」と言った。

この時の劇の主役は4人。
それが2日分あるので8人がメインの役を担う。
主役は応募が殺到するため、
セリフ読みをするオーディションがある。

僕は桜中Bというメインの中でも少し気弱な
生徒の役に応募することにした。

西くんは桜中A、メインの中でも一番のメインだ。

僕はその日から練習し始めた。
いくつかのセリフを覚えて、発声を練習した。
空で言えるようになったら母親に見てもらい、
何度も何度も練習をした。

そしてオーディション当日、
桜中Bの役は2人のところ8人くらいの応募だった。
何回練習しても不安は絶えない。
しかしなんにせよ、やるしかないのだ。

僕は精一杯の演技をした。
不格好な身振り手振りをいれて、
練習を重ねたセリフを言葉にした。
無我夢中だった。

終わった後も手応えは特に感じなかった。
自分がどれくらいできたのか冷静に判断
することもできず、他のクラスメートの演技を
判断することもできない。

ただただ、心臓の音がうるさかった。

8人のオーディションが終わった。
学年主任の先生が合格者の名前を告げた。

僕の名前が確かに呼ばれた。

安堵や喜びは感じなかった。
とても不思議な気持ちだった。
心が風船のようにふわふわと
浮かんでいるようだった。

もう1人は他の候補者7人の内の上位3人に
もう一度演技をしてもらい決める
ということになった。

つまり、これは、はっきりと僕が
他の生徒達の演技を上回ったということだ。

3人の演技を見ている時に、ようやく安堵と
喜びが僕を包み始めた。

やった。やったのだ。

努力が不安を弾き飛ばしたんだ。

オーディションをおこなった
教室のほこりっぽい空気と差し込む日差し、
生徒達の上履きのゴムっぽい香りを
僕ははっきりと思い出すことができる。

学芸会の役を決める、なんて小さなことだ。
だけどこの小さな小さな成功体験は確かに
僕の根となり、今も心の奥深くで僕を支えている。



なお、僕を誘った西くんは落選しました。


今日の名文 
「タフでなければ生きていけない
 優しくなれなければ生きている資格がない」
レイモンドチャンドラー『プレイバック』


今日も何かを間違えた

日々の中で間違えたこと ずれたことを綴ります。 岩崎キリン:iwa191cm@gmail.com

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