人生で牛丼屋には何回行ったことが
あるだろうか。
飲み会の帰り、何気なく目についた時、
予備校の授業前、
そんなに多くはないけれど両手じゃ
数え切れないくらいには行った。
そしていつからか、
僕はおろしポン酢牛丼に捕らわれてしまった。
①始まり あまり感動的ではない出会い
その日はたぶん、夏の暑い日だったと思う。
予備校の夏期講習の空き時間で、
自習室は生徒でいっぱいとなっていた。
シャーペンがノートをすべる音と
消しゴムが紙の上でゴシゴシと動く音、
ページをめくる微かな音が混然一体としていた。
僕は単語帳から顔を上げて、教室の一番前に
かかっている時計を見た。
1時半。次の授業までは1時間半ある。
ランチタイムもピークは終わった。
昼食を取ろう。
僕は荷物をまとめてリュックサックに詰め込み、
空調の効きすぎた予備校のロビーを抜けて
うだるような暑さのする西池袋を歩いた。
余り遠くには行きたくない。
近くにある店はハンバーガー、
立ち食いそば、油そば・・・
牛丼屋。
うん、ここにしよう。
メニューを開くと、定番と思しき商品が
最上段に構えられている。
ネギ、チーズ、おろしポン酢・・・
おろしポン酢か。
うん、悪くない。
僕は店員に注文した。
そしてこれが
「おろしポン酢牛丼を純粋に食べた」
最初で最後になるとは思わなかった。
②惰性 あるいはビル・ゲイツのチーズーバーガー
次に訪れたのがいつだったか-
はっきりとした記憶はない。
誰だって牛丼屋に入った記憶を
きっちりと全て覚えている人はいないだろう。
おそらく。
しかしおろしポン酢牛丼を食べた記憶はある。
牛丼屋<おろしポン酢牛丼の図式が
僕には、はっきりと刻まれてしまったのだ。
それは思春期の失敗よりも深く深く、
僕の心の中に傷跡を残した。
そのとき僕はメニューも見ないで、
おろしポン酢牛丼を頼んだ。
僕は考えて考えて結局わからなくなって
疲れてしまうことがよくある。
それを回避したかったのだろう、
僕はメニューを開かなかった。
そして一言、
「おろしポン酢牛丼、並で」
と言った。
小さな公園にある錆びたブランコが出す
軋んだ音のような、少しの冷たさと
悲しさが僕の声に入り混じっていたかもしれない。
あるいはまったくの平淡な声だったかもしれない。
店員は何の興味もなく、POSで注文を打ち込み、
厨房へと消えた。
ビルゲイツはハンバーガー屋に行くと
かならずチーズバーガーを頼むらしい。
彼もこんな風に注文したんだろうか。
そして僕はおろしポン酢牛丼に飲み込まれた。
③執着 それは消えないかさぶた
以降、僕は牛丼屋に入るたびに
おろしポン酢牛丼を食べていた。
期間限定メニューや、特別割引なんかがあっても、
ひたすらにおろしポン酢牛丼を食べた。
おろしポン酢牛丼以外を食べたいと
思う時ももちろんある。
しかしおろしポン酢牛丼に吸い込まれる。
食券を選ぶボタンに伸びる指は、
自然とおろしポン酢牛丼を押している。
店員を呼んで発する言葉は
「おろしポン酢牛丼1つ」
永遠にはがれないかさぶたのように、
僕の心にありつづけるおろしポン酢牛丼。
それは小さくも、確かなエネルギーを持って
僕を注文へと至らしめるブラックホール。
僕は果たして、おろしポン酢牛丼以外を
注文することができるのだろうか。
わからない。
結局僕は何一つわからないのだ。
おろしポン酢牛丼の味以外には。
おろしポン酢牛丼、美味しい。
PS.昨日の飲み会は好きな先輩とハグできたので、
100点満点でした。
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