職場でトマトを貰った🍅
埼玉県産の立派なトマトである。
ぼくはあれこれと考えた。
このトマトをどうやって食べるか。
パスタにするか…
コンソメ煮にしてみようか…
ガスパチョに挑戦しようか…
トマト1つあるだけで心が豊かになる。
僕は単純な人間です。
さて終業時間になって、
1つの問題点が浮かんだ。
このトマトをどうやって持って帰ろう…
あいにくトマトを入れるのに適した
ビニール袋は見当たらない。
全く会長もトマト配るなら袋も配れ
ってんだよなぁ。ただ貰うだけの僕が
言えた立場ではないんだけど。
仕方ないのでそのまま右手に持った。
そしてそのまま帰ることにした。
トマトを持つと不思議と回したくなる。
なんか、野球のボールみたいだ。
試しにくるくると手の中で回す。
トマトが回る。当たり前だ。
でもなんだか愉快だ。
僕は今までトマトをむき出しで持って
歩いている人を見たことがない。
まさか自分がそうなるとは思ってもなかった。
でも持ってみるといい気分になれる。
匂いを嗅ぐと青い香りがする。
トマトを持って帰るというのは、
日常の枠の中にありながら、
ほんのりと非日常の不思議な香りを出す。
周りの人はどう思うだろうか。
およそスマホとトマトを間違えて持つ
人はいないだろう。しかし、
目の前のノッポは確かにトマトを持ってる。
まばゆい赤さは帰りの南北線の中では
あまりにミスマッチだ。
トマトを持つという行為はただ単に
持ち運びすることではなく、
既存の枠組みの中の自分を少しずらすことで、
改めて自分を見つめる行為である。
それは、資本主義だったり、
東京一極集中だったり、スマホを電車内で
みんないじったりする枠組みに対する
アンチテーゼであり得るかもしれない。
しかし、単純に、
トマトを持って帰ると不思議な気持ちになる。
悪くない。
なんだか綺麗なサークルチェンジが
投げられそうなトマトであった。
ps.甘いものを禁止しようとして、
3日で解禁することが1年に1回あります。わ
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